七福神の恵み

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恵比寿 大黒 毘沙門天 福禄寿

布袋 弁財天 寿老人
 


恵比寿(えびす)ーーー商売繁盛の神
七福神の中では唯一国産の神様で、イザナギノミコト/イザナミノミコトの第三子ヒルコノミコトといわれている。
右手に釣竿、左手に鯛をかかえており、もともと漁師の神様だが、それが、海産物の売買につながって商売繁盛の神となった。

釣り竿と鯛を小脇に抱えている神が恵比寿様です。
あの釣り竿には「釣りして網せず」の精神が反映されており、暴利をむさぼらない、清い心を象徴しているといわれている。
恵比寿は、漁師の神さま。漁民たちは恵比寿さまに大漁を祈った。そのうちに、海産物の売買といったところから市の神となり、商売繁栄の神として、広く商家の人たちに信仰されるようになったのである。その結果、恵比寿は福徳をもたらす「福神」とされたのである。
恵比寿様は父であるイザナギノミコトと母であるイザナミノミコトとの間に生まれた第三子であるといわれており、摂津西宮に鎮座した唯一の日本の神である。農村では田の神、漁村では大漁の神様として親しまれております。
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大黒(だいこく)ーーー家の守護神
大黒は、もとはインドの台所の神マハーカーラ(大黒天)。台所の神ということで、大黒天は主婦の守護神となった。主婦の台所仕事が上手くいけばその家も安泰ですから、大黒天は更に家の守護神となり、広く信仰されるようになった。

本来は古代インドの摩訶迦羅(まかから)天であられた神様です。
サンスクリットでマハーカーラといい、中国より最澄が日本国内に広めたとされています。
三宝を守り飲食を司る戦闘の神が、南中国の諸寺で台所の神となり福徳の神ともてはやされ、日本に入ってからは農産・福徳の神である大国主神【オオクニヌシノミコト】として崇められた。
大黒天様トレードマークである右手の打出の小槌の「槌」は、「土」の産物である米をはじめとしたあらゆるものを産み出す「大地」を意味するものであると伝えられています。左手には袋をもち米俵に立つ姿で広く知られ、鼠を使者としている。
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毘沙門天(びしゃもんてん)ーーー知恵の神
毘沙門天(別名:多聞天)は、もとはインド武将四天王のひとりという強い神さま。現在では、武力で貧乏神を追い払ってくれる神さまとして、「福の神」のひとりに数えられています。
右手の槍で怨敵(災害、仏教を弾圧する権力)を退治し、左手の宝珠で人々に福徳を与えてくれるといいます。別名、多聞天とも呼ばれ、知恵の神様としても信仰された。

多聞天とも呼ばれる、仏法を守護する四天王のうちのひとりにあたる神様です。
サンスクリットに於けるバイシャラバーナの音写が毘沙門天の呼名のもととなり、ヒンドゥー教の財宝神クベラに由来すると伝えられている。
元々は古代インドにおける悪神として知られていた毘沙門天様だが、のちに財産を守る善の神となられ、仏教に伝わったのちには仏法の守護神になられた。夜叉、羅刹の群をひきいながら北方を守護していると信じられてきた。
右手に持つ多宝塔により限りない財宝を授与するという流れに至っている為、財福富貴の神としてもよく知られており、お陰で庶民に広く親しまれながら、七福神の一人に加えられた。
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福禄寿(ふくろくじゅ)ーーー寿命に関して御利益をさずけてくれる神
福禄寿の名前の由来は、福(幸福)、禄(俸禄)、寿(長寿)であり、この三徳を授けるものとされる。鶴と亀をしたがえ、りっぱな白髭の福禄寿のルーツは、中国といわれています。人徳や、寿命に関して御利益をさずけてくれる神様です。
頭が長いという独特の風貌が絵として面白く、福禄寿という名前がいかにも縁起がよさそうなので、七福神におさまったのではないか。
ひげをたくわえた顔、毛髪のない頭、背が低いという独特な風貌の神様です。
文字通りの福禄寿様として、「福」「禄(=天がもたらす幸福)」「長寿」を体現しておられるのです。

福禄寿と寿老人は同一人物だとされている。
では、なぜ同じ人なのに名前が違うかと言うと、中世後期に歓迎された仙人風の福禄寿星の画像が、福禄寿と寿老人の二人に分けて描かれるようになり頭が異様に長く、豊な白髪で、背の低い老人の姿で描かれた。それで、この二つの神を別人として、それぞれを七福神に加えたのである。
福禄寿の名前は「福」と「禄」と「寿」(幸運と子孫に恵まれる事・金銭に恵まれる事・長生きする事)のことだと言われている。
こうした三つの徳を具備するところから、たいへんな人徳をもった神様であると言われ、鶴や亀をつれている。福禄寿は、人間の寿命を管理する神様である。
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布袋(ほてい)ーーー福徳円満の神
中国後梁時代の実在の僧、契此(かいし)がモデル。七福神の中では唯一実在の人物。 常に笑みを浮かべ、人を見れば物を乞う、浮浪者風の人物であったらしい。 袋の中の財宝で貧者救済を行うともされ、福々しい容姿・容貌から福徳円満の神として信仰が厚い。吉凶の判断にすぐれ、未来を予知する才に長けていたそうです。そんなところから、福の神のひとりに数えられるようになった。

七福神中、唯一の実在の人物で生涯、放浪の生活を送った乞食僧なのであり布袋和尚と言う。
布袋は巨大な太鼓腹に、いつも半裸という姿で杖と大きな布の袋をかついでいる。袋の中に身の回りの持ち物をいれて、放浪生活を送っていた。本名を“契此”と言い中国、後梁の頃の人物で、貞明2年、奉化県の岳林寺じ没されたといわれている。
なぜ、乞食の布袋が七福神に選ばれたのかと言うと、吉凶の判断にすぐれ、未来を予知する能力があったと言われていて、その予知能力が買われたという点や、大きな布とふくよかな笑顔が大黒天と結びついたのと、楽天的な布袋和尚の生き方が、当時の禅僧をはじめとした人々に「至福」の象徴として受け入れられたのではないかといわれている。
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弁財天(べんざいてん)ーーー音楽の神、知恵の神
美人の代名詞「弁天さま」の前身は、インドの水の女神、サラスバティ。サラスバティは大河の神ですから水と関係があり、水が流れる音にちなんで、音楽の神、弁舌の神(知恵の神)として信仰されていった。
琵琶を弾く白肉色裸形という弁才天の姿は、市杵島姫命(いちきしまのひめのみこと)の姿と習合した結果と思われる。市杵島姫命は天照大神の娘の一人で、市の神として信仰された。

雄弁の才をつかさどる神なので弁財といい、音楽・学問の神ともされ、略して弁天として親しまれている。サンスクリット名はサラスバディー。古代インドでは河川の神、豊穣の神として、崇拝されてきた。
日本の水神信仰と結びついてからは、広島の宮島や神奈川の江ノ島、滋賀の琵琶湖竹生島は三弁天と呼ばれて、鎌倉の銭洗弁天等と並んでとりわけ著名。七福神中では財福、文芸、学問の才、長寿の神として崇められている。
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寿老人(じゅろうじん)ーーー長寿と知恵の神
中国宋代の仙人である寿星の化身とされるが、福禄寿と同じ南極星の化身とも言われる。長頭、白髭、巻物を括ったつえ、うちわを持ち鹿を連れた老人。この鹿肉を食った者は二千年生きられるとされています。見た目どおり、長寿と知恵の神さまです。

竜骨座という星座の中に,「カノープス」と呼ばれる星がある。その星はきわめて明るい星だが、南半球の星に属するため、日本ではほとんど知られていません。寿老人はこの星を人格化したものなのである。
普通の老人の姿をしていて、杖をついている。持っている杖には一軸の巻物が結び付けられていて、これには人間の寿命が記されていると言われている。
福禄寿が鶴と亀を従えているのに対して、寿老人は鹿をつれている。“鹿”は“禄”に通じるからだとされている。この鹿は、千五百歳をこえた玄鹿。この鹿の肉を食べた者は、二千年の長生きができるとされている。つまり、寿老人の「長寿」をこの鹿が象徴しているのである。人は長生きをすると知恵
がつく。寿老人は長生きをしたということで知恵の神さまともされたのである。

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